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二義文道場 誰よりもキミが好き!:スペースアルク
 
監修:山内博之
イラスト:原田祐仁子

お題:友だちの二義文 6/30 Up

二義文道場、今回のお題は「友だち」です。

まずは、例題。難易度は3のこの文章、「けんかをするほど仲がよくなった。」です。みなさんはこの文章に隠れている二つの意味がわかりますか?

意味1:「けんかをすればするほど仲良くなった」
意味2:「以前はけんかができるほど近い関係ではなかった」

tomodachi.jpg


一つめは「けんかをすればするほど仲がよくなった」という意味で、二つめは「けんかができるほど仲がよくなった」という意味です。二つの意味を生み出している犯人は「ほど」です。前者は、「ほど」が「比例」の意味を表しています。つまり、「けんかをする」頻度が増すとそれに比例して「仲のよさ」のレベルも増す、という意味です。「けんかをすればするほど」というように「~ば~ほど」の形にすると、この意味であることが確定します。後者は、「ほど」が「程度」を表しています。どの程度仲がよくなったのかと言うと、それは、けんかができるくらいだ、という意味です。後者の「ほど」は「ぐらい」に置き換えることができます。

それではみなさん、どしどし投稿してください!

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投稿された二義文


new!
二義文:それは友達の間違いです。

どんな時に/どんなところで:
1.その間違いを犯したのは友達です。

2.あの人との関係は、恋人などではなくただの友達です。

松をば背負う 2009年07月21日 00:29
[山内先生のコメント]
2の意味の場合には、「恋人と友達の間違い」というように「の」が「間違い」の内容を指し示していますが、1の意味の場合には、「友達が犯した間違い」というように「の」が「間違い」を犯した人(つまり動作主)を指し示しています。まったく異なる「の」の働きによって二義が生まれている、という点が、この作品の優れている点だと思いました。

new!
二義文:友達100人で切るかな

どんな時に/どんなところで:
1.大きな太巻きを作ったから友達みんなで切り分けようかな

2.私が友達として付き合っている人数は100人を下回るくらいかな

3.パーティに招待する友達は100人までにしようかな

1年生になったら誰もが歌う有名なあの曲をパロディしたのですが、強引でしょうか。

松をば背負う 2009年07月21日 00:26
[山内先生のコメント]
親父ギャグっぽいところが、面白かったです。しかし、2の意味には、ややとりにくいように思いました。2の場合なら、助詞は「で」ではなくて「を」になるのではないでしょうか。

new!
二義文:私たちは友達に近付いた。

どんな時に/どんなところで:
1.私たちは敵対していたが、友達という関係を築きつつある。

2.私たちは、離れた場所にいたもう一人の友達のそばに行った。

松をば背負う 2009年07月21日 00:17
[山内先生のコメント]
なかなか鋭いですね。つまり、「近付く」という動詞は、物理的に接近する時だけでなく、心理的に接近する時にも使用できる、ということですね。「近付く」の反意語である「遠ざかる」にも同様のことが言えるのか、また、「近付く」の類義語である「近寄る」の場合はどうなのか、などと、つい考えたくなってしまいますね。

new!
二義文:これは友達の絵です。

どんな時に/どんなところで:
1.これは友達をモデルに描いた絵です。

2.この絵の作者は私の友達です。

3.この絵の所有者は私の友達です。

単純すぎて既出でしょうか。
「絵」の部分は、歌やゲーム、研究など他にも置き換えることのできる単語はたくさんありそうです。 「の」には本当に色々な意味がありますね。

松をば背負う 2009年07月21日 00:14
[山内先生のコメント]
「歌」の場合には「歌の主題が友達」「作曲者が友達」「作詞者が友達」などが含意されますが、「歌の所有者が友達」という読みはやや出にくいように思います。「絵」と違って、物理的に存在するものではないからでしょうね。「ゲーム」「研究」の場合はどうでしょうか。「絵」を他の名詞に変えると含意される意味がどのように変わるのか、ということを考えると、興味深い問題になるような気がします。

new!
二義文:友達はよく選ぶべきだった。

どんな時に/どんなところで:
1.友達が下した選択に対して、もっと慎重に選ぶべきだったという意見

2.信頼していた友達に裏切られた時の後悔

最初は「選ぶべきだ」として思いついたのですが、より状況が浮かびやすいかと過去形にしてみました。

松をば背負う 2009年07月20日 23:54
[山内先生のコメント]
「は」の後ろに「が」と「を」のどちらが隠れているのか、ということによって二義が生まれています。つまり、「友達が(何かを)よく選ぶべきだった」なのか、「(私が)友達をよく選ぶべきだった」なのかという違いです。安易な「は」の使用は二義文を作ってしまいやすいので、文を書く時には注意した方がいいかもしれないですね。

new!
二義文:娘の友だちはみんな知ってる。

①親として娘のことはよくわかっている。もちろん友人関係もちゃんと把握している。
②娘の友だちはひとり残らず 我が家が貧乏なのを知っている。

☆すみません、さっき中途半端なまま送られてしまいました。
こっちを生かしてください。」

じょりりん 2009年07月18日 19:01
[山内先生のコメント]
二義を生み出している犯人は「は」です。①の意味の場合には、本来は「を」が使われているはずなのですが、それを「は」が隠してしまっています。一方、②の意味の場合には、本来は「が」が使われているはずなのですが、それを「は」が隠してしまっています。つまり、「娘の友だちをみんな知っている」のか「娘の友だちがみんな知っている」のかという違いです。「みんな」の意味が変わってしまっているということも興味深いですね。

new!
二義文:
あいつは俺の女の友だちなんだよ。

どんな時に/どんなところで:この間いっしょにいた人だれ?って
訊いたら・・・

じょりりん 2009年07月18日 18:50
[山内先生のコメント]
「俺の」が「女の友だち」全体に係ると、「俺の女友達」という意味になり、「女」のみに係ると、「(俺の女)の友人」、つまり「恋人の友人」という意味になるということですね。厳密に言えば「女の友だち」だけでも二義が生じるのですが、「俺の」が絶妙なアシストをしているところが面白いと思いました。


二義文:今日友達の先生に会った。

意味1:友達を教えている、先生に会った。
意味2:友達である先生に会った。

☆先ほど本名で送ってしまいました☆
☆こちらの名前でお願いします☆

tatzoo 2009年07月05日 11:54
[山内先生のコメント]
「の」は、かなり融通の利く(?)助詞なんです。「友達」と「先生」を入れ換えて「今日先生の友達に会った。」としても二義が生じるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。「先生だけでなく、先生の友達も来た。」「私には銀行員の友達もいるし、先生の友達もいる。」というように書くと、二義があることがわかりやすくなりますよね。